大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)706号 判決 1985年12月20日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉岡良治の上告理由第一の一及び第三について

不動産所有権の譲渡をもつてする代物弁済による債務消滅の効果は、特段の事情のない限り、単に代物弁済契約の意思表示をするだけでは生ぜず、所有権移転登記手続を完了した時に生ずるが、このことは、代物弁済による所有権移転の効果が、原則として当事者間の代物弁済契約の成立した時にその意思表示の効果として生ずることを妨げるものではないと解するのが相当である(最高裁昭和五七年(オ)第一一一号同年六月四日第二小法廷判決・裁判集民事一三六号三九頁)。したがつて、原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件不動産の所有権は、本件代物弁済契約が成立した時に被上告人から上告人に移転したものといわなければならない。

しかしながら、原審の適法に確定したところによると、(1) 被上告人は、昭和五三年七月一八日、上告人から、古川クマエ所有の本件店舗の賃借権を備品類とともに代金七〇〇万円で譲り受け、内金四五〇万円については、被上告人所有の本件不動産の所有権を移転してその支払に代える旨の代物弁済契約を締結し、同月二七日ころ、本件不動産の登記済権利証、被上告人の白紙委任状及び印鑑登録証明書を上告人に交付し、そのころ本件店舗の引渡を受け、残代金を支払つた、(2) 上告人は、右賃借権の譲渡につき、事前に賃貸人である古川の承諾を得ておらず、その後も右承諾を得ていない、(3) 古川は、上告人に対し、同年一一月八日、賃貸権の無断譲渡等を理由として本件店舗の賃借契約を解除する旨の意思表示をし、次いで被上告人に対し、同月一八日その退去明渡を求めた、(4) 被上告人は、昭和五七年三月一〇日、上告人に対し、古川の承諾を得る債務が上告人の責めに帰すべき事由により履行不能となつたことを理由に、本件賃借権譲渡契約を解除する旨の意思表示をした、というのである。

右事実関係によれば、本件代物弁済契約は、本件賃借権譲渡契約に基づく譲渡代金債務の一部の支払に代える目的でされたものであることが明らかであり、右譲渡契約は、被上告人のした右解除の意思表示により適法に解除され、これによつて右譲渡代金債務は遡及的に消滅し、代物弁済契約による本件不動産の所有権移転の効果も遡つて失われたものというべきである。そうすると、右所有権の侵害による不法行為を原因とする上告人の主位的請求を棄却した原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難することに帰し、採用することができない。

同第一の二及び第二の二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、また、所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二の一について

民法五四八条一項所定の契約の目的物とは、解除の対象となる契約に基づく債務の履行として給付された物であつて、解除により解除者が相手方に返還しなければならないものをいうと解されるところ(最高裁昭和四八年(オ)第八六〇号同五〇年七月一七日第一小法廷判決・裁判集民事一一五号五〇一頁)、前示事実関係に照らすと、本件不動産は、解除者たる被上告人において解除により上告人からその返還を受けるべきものであつて、同条項所定の契約の目的物にはあたらないと認めるのが相当である。論旨は、結論に影響を及ぼさない事項につき原判決の違法をいうに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島 敦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例